平和条約

先週のロシアのプーチン大統領来日で、改めて平和条約の重要性を感じました。

第二次世界大戦の米英を中心とするサンフランシスコ平和条約の49ヶ国の調印が1951年に行われましたが、吉田茂の偉大さを改めて感じました。

当時、いろいろな事情があって、ソ連、中国、韓国、インドは調印してません。
その後、中国、インドは個別に行われていましたが、ソ連つまりロシアとは今も平和条約が結ばれていないことは、当時の事情を今も引きずっていて、71年経った戦争の結果整理が未だ行われてないことです。

ところで、吉田茂が1957年、この平和条約にも関連する松方コレクション、西洋美術館建設に尽力された外交官田付さんを悼まれた言葉は、人間味を感じました。田付たつこ著書「パリの残雪」の巻頭言です。
この写真は、先月11月22日のウラジオストク上空です。なんとなく東京湾に似ている?
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この記事へのコメント

IKARI新党
2016年12月19日 18:39
当時のソ連はサンフランシスコ平和条約には調印していないが吉田元首相が北方四島を除く千島列島とすべきところを単に千島列島を放棄するとしてしまったことがソ連のみならず自由諸国にも誤解を与える一因になったと
思う。
rug
2016年12月29日 17:01
外務省外交資料館へ行って調べましたが、1951.9.8 20:00の演説で千島に言及し、ソ連の主張は承服しかねるとしっかりコメントしてます
IKARI 新党
2017年01月01日 12:36
吉田元首相がソ連の主張を批判しょうが調印した条約の文言に絶対的効力があるのだから実質的意味はないわけです。問題は講和を急ぐあまり、何事にも代えがたい領土というものを放棄してしまった事で、米国との交渉で北方四島を除外する方策もあったのではないかと残念な
思いです。
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